教育訓練と労働時間

 会社組織は、それを構成する人(経営者と従業員とを含む)の能力によって組織の栄枯盛衰が決まります。

 時代の大きな節目であった明治維新で活躍された福沢諭吉翁も「進まざる者は必ず退き、退かざる者は進む」という言葉を残されたように、過去の考え方や慣習に拘り過ぎず常に能力を高めることに努めなければ現状を維持することは出来ず、それをしない者は常に衰退への道を歩むことになります。私が学んだ「ブレイクスルー思考法」では、このような人を「茹でカエル」と呼んでいます。

 そして「(優秀な)人は探すモノではなく、育てるモノである」とも言われるように、新たに優秀な人材を探し出そうとするよりも、既存の人を育て(自社にとって)優秀な人材になってもらおうとすることが大切です。何故なら、会社経営者より優秀な人材が会社に定着することは稀であり、そのような人材はいずれ会社に見切りをつけて転職していくからです。因みに、中途採用した人を上手く指導し定着させる為には、その人がもつ能力で(新しい)会社の役に立つ考え方・技能の良い点を発揮させ、かつ前職でその人が無意がのうちに習得し(新しい)会社にとって好ましくない考え方・技能・習慣を発揮させないようにすることが必要です(山があれば谷もあり、山が高いほど谷も深い)。従って、優秀な人材といえども即戦力となることは極めて稀です。

 その為、会社組織にとって「人を教育/訓練していくこと」は極めて重要なことなのです。

 しかし、最近の傾向として気づくのは「若い従業員に会社が自己啓発を勧めても、自己啓発(内発的動機)として学ぼうとしない」という点です。このような人も勤務時間内に教育/訓練として実施すると参加(外圧的動機)をしますが、外圧的動機(会社からの指示/命令)に教育/訓練を受講しても果たしてそれだけで本人の能力向上に役立っているのか疑問に思う処があります。

 労働法の視点で考えると「業務上の必要性があり、かつ本人の選択ではなく会社の指示/命令により教育/訓練する」のであれば労働時間となります。しかし、作業(のやり方)であればそのような教育/訓練だけでも本人の技術的能力向上に役立つかもしれませんが、会社にとって「優秀な人財を育てる」という観点から考えるとそのような教育/訓練だけでは片手落ちになると私は思います。

 小学校の頃から「ゆとり教育」をうけ、ゲームソフトを満喫し、学校で良い成績となることや受験競争に打ち勝つことを教え込まれてきた人達は、「正解がある問題・課題」にチャレンジすることは長けていますが、「何が問題・課題なのか?」を考えることは少し苦手としているような感触を私は持っています(ゲームソフトを与えると直ぐに上手くなるが、野山に連れて行き1日自由に遊んでよいというと何をしてよいか分からず立ち竦んでいる)。そのため、若手従業員に優秀な人財となってもらう為には、「何が問題・課題なのか?」を自分で考えることの訓練(質問することで気づきを与える)から始めることが必要であり、その訓練を通じて本人に内発的に「いまの自分と会社とが置かれている環境・状況を踏まえると、自分は何を新たな能力として習得することが大切なのか」を気づかせること("やり方"ではなく"考え方"を教える)、そしてそれを踏まえて勤務時間内の教育/訓練だけでなく内発的に自己啓発を行う機会を与え、会社が勤務時間内に行う教育訓練がより活かされるようにすることが大切なのではないかと私は思います。