フェニックス(不死鳥)の如く復活しました

昨年11月17日にバイクで転倒して左肩を骨折しましたが、その後は毎日通院してリハビリに専念した結果、本日から自動車だけでなくバイクの運転も再びできるようになりました。ただし、リハビリの成果として脱臼状態がほぼ治っただけで、左上肢の骨はまだ縦状に折れたままですが・・・。

事故直後に医師から言われたことは「左腕はこれから内出血のため青紫色に変色しますが、これは放っておけば治ります。しかし、自分自身のために痛くてもリハビリ運動を続けてください。左腕の筋肉を退化させないために痛くても教えた通りのリハビリ運動を朝・昼・夜に続けることが大切です。痛いからと言ってリハビリを止めると完治するまで半年はかかってしまいます」そして事故後1週間経過したときに「さあ今日から本格的にリハビリ治療を開始します。専門家の指導に従ってください」と言われました。その専門家の行うリハビリの痛かったこと・・・。まるで拷問でした。でも医師が言った「自分自身のため」という言葉を信じて毎日リハビリのために通院しました。ただし、病院での待ち時間を最短化するために病院の一番空いている時間帯を教えてもらって通院していました。なお、最初の1カ月間はリハビリの時以外は左腕を三角巾とサポーターで固定していました。

今回の事故で一番参ったのは「気力が続かなくなったこと」です。食事の量だけでなくタバコを吸う本数まで激減しました。以前から朝は5時30分に起きて仕事を開始していたのですが、午後2~3時頃になるとヘバッテしまうのです。それでもなんとか気力を振り絞り午後8時頃までは仕事を続けることができたのですが、午後9時を過ぎると頭が石のようになり、全く何も考えられず、ただ寝るしかない状態に約2カ月間陥っていました。お医者さんも言っていましたが「骨折すると当分の間は体力を消耗する」ものなのですネ!! いままで私は労災事故など事故直後は人間は気弱になると思っていましたが、これは気弱になるのではなく気力がなくなってしまうのですネ。

しかも、この2カ月間は自動車も運転できなかったのでバスと電車で移動していた為、普段の半分以下のお客様しか訪問できない状態が続いていました。不要な物や予備の書類は一切持たずに必要最低限の書類だけを持って、左ポケットは使えないから右ポケットに必要なものを詰め込み、痛みを堪えながら電車かバスで移動するしかなかったのです。その為、郵便、メール、電話をフル活用せざるを得ない状態で、お客様に大変ご迷惑をお掛けして申し訳なく思っています。その為か、昨年12月31日にはパソコンの1台が壊れてしまいました。丁度、お正月にパソコンに詳しい息子が帰省していたので、お正月中に新しいパソコンを設定することができたことは幸いでした。また、小さなものが連発したことを除けば大きな個別労働紛争や大変な労災事故が無かったことも幸いでした。

しかし、今回の怪我の期間に、スマホを活用してルート検索するのが上手くなったこと、公共交通機関に乗った障害を持つ人達がどのように思うかが多少は理解できたこと、バスの運転手さんから小型バイクは極めて見え難いこと等々の得難い体験をすることができ、未知だった世界を知ることが出来ました。

そして更に、自分が如何に運動不足に陥っていたかを気づくことができました。事故直後に通院して自分のお腹を改めて見てみると、マサにメタボ状態でした。その為か事故直後は徒歩で20分も歩くと息切れがしていましたが、最近では1時間歩いても平気な位に脚力がついてきました。しかも速足で・・・。そのせいかブヨブヨだったお腹も引っ込んできました。

この期間に手伝ってくれた若い社労士さんには何とお礼を言ったらよいのか分かりません。アルバイト料とは別の世界のお話しです。感謝!! 感謝!! です。この人が手伝ってくれなかったら某会社の年金事務所調査準備はできなかったと思います。

さあ、これから頑張りマス!!