労働紛争の防止策

ある会社が退職した従業員から約10,000千円の残業代未払請求を受けました。

従業員は既に労基署にも相談しており、労基署からも会社に「資料を労基署に持参して説明するように!!」という依頼が電話でありました。

そこで私は会社から依頼を受けて未払い賃金の有無をタイムカードから再確認し、未払い賃金が無いことを確認しました。この会社は賃金の中に見込割増賃金(残業代ほか)を含めて支給しており、そのことは就業規則に定め、かつ本人にも労働条件通知書で通知していましたが、本人は正しく理解していないようでした。

ただし、未払い賃金の再確認を行う際に、本人は在職中に公設市場で早朝からの深夜労働を伴う仕事を担当しており、タイムカードには終業時刻しか打刻しておらず始業時刻を打刻していなかったので、日報ほか客観的事実が確認できる資料から始業時刻を入力していきました。しかし、賃金に含まれる毎月の見込割増賃金はかなりの額を残していましたから、始業時刻が1時間や2時間ずれていたとしても未払い賃金が発生する可能性は皆無でした。

総務責任者に同行して労基署でそのことを説明した処、労基官から「労基法違反は無いようだが、本人との話し合いが不十分なようなので、本人とよく話し合ってください」と言われました。確かに、会社が本人と話そうとしても本人が自分の言いたいことを一方的に話して電話を切ってしまうので、会社と本人とのコミュニケーションは出来ている状態とは言えない状態でした。

しかし、数日後(先週)に本人から会社に電話があり「話し合いをしたいからその日時を決めて貰いたい」という電話がありました。多分、労基官が本人に会社と話し合うように勧めてくれた結果ではないかと思います。

本人との話し合いの場に最初から本人にとって見知らずの私(社外の社会保険労務士)が同席することは本人に警戒感を与えてしまい好ましくないだろうから、初回の話し会いは会社の人だけがすることになったのですが、会社から本人と話し合うときのアドバイスを求められました。そこで私は「会社が本人に言いたいコトは山ほどあるでしょうが、まず本人の主張を全て言わせるように心掛けることです。本人の話しの途中で反論しないように会社が自制し、本人の腹の中のモノを全て吐き出させることが大切です。その後に会社が主張すべきコトを主張するようにしてください。初回の話し合いの目的は相手の要求内容を聴き正しく理解することだと理解してください。そして、その場で相手には「上の者と協議して返答させて貰いたい」と答え即答は避けることです。本人は在職中に公設市場で必要となる特殊な技能を有していることを根拠に好き勝手なことを行っていたようですが、本人達の部下からもかなりのクレームがあったと聞きました。この本人の言動はパワハラとして本人が部下から訴えられても仕方かないことですが、このこと本人に伝え会社が反論を開始するのは当日の本人の反応を見てからにしてください。」とアドバイスしました。

昨日は、その話し合いが行われる日でしたので、夕方になって私は電話で会社に結果を聴きました。相手は既に弁護士とも打合せ済で、一人で会社にやってきました。結果としては、

①本人が請求した未払い残業代約10,000千円は根拠が無いものなので請求を撤回する。

②自分としては会社でもっと働き続けたかったが、自分の上司2名の言動に怒りを覚えて辞める決意をした。

③しかし、自分が公設市場で特殊な仕事をし、その結果会社は新しい事業を展開できるようになったのだから、自分の功労を認めて貰いたい(功労金に相当するものが欲しい)。

という内容でした。どうも本人は「上司の不遜な言動から自分が会社で認められていない」と不満を持ち退職するに至ったようです。後は和解金に相当する功労金を幾らにするか本人と話し合いで決めるだけです。ただし、ここで私は会社に「お金を払うことだけが功労を認めることではありません。相手の立場を認めることが大切です。金額を決めるだけで問題解決をしようとしない姿勢が会社には必要です。そうしなければ功労金の金額だけを引き上げられる交渉になり、解決は望めなくなってしまいます」とアドバイスしました。

このように未払い賃金請求という表面的な請求の原因が、もっと別な処にあるケースはよくあります。そのため、このような請求があった場合には相手の主張をよくよく訊(キ)くこと、そのためには会社側が自制することが必要です。

先日も労働紛争になりそうな相談を受けて福山市まで出張したときもそうでした。このとき私は社長と総務責任者に同行して福山市まで行ったのですが、社長が話しをするとき従業員は建前論の話し(請求)しかしなかったのですが、私との話しが始まり、私が相手の本心を聞き出すように会話を進展させていくと、目の前にいる社長に対して「社長や常務の色々な言動が自分を馬鹿にし軽視した言動だ!! 自分の人生のことも少しは考えて貰いたい」と言い切り、その後は自分の本心を語り始めました。そして腹の中にあったモノ全てを言い尽くすと、その従業員の態度は変わっていき、やっと理性的に話し合える態度に変わっていきました。そして、法律論争をすることなく「人としての道」の世界の話しで円満に話しを纏めることができました。

これらの体験からしても、労働紛争に伴う請求の本当の原因は、相手の請求の裏側にあることが多いようです。ですから、会社側はまず聴く姿勢を保つこと、そして相手の本心が理解できてから会社の言い分を相手に伝えるように心がけると労働紛争のかなりの部分は防止できるのではないかと私は考えます。

また、今回の会社総務責任者にも伝えたのですが「優秀な技能を持っている人材だかといって入社してから本人達の自由気ままにまかせて仕事をさせ労務管理を怠り、後から労務管理を適正化しようとすると本人達はそれに逆らうことが多いのです。"鉄は熱いうちに打て"と昔から言われるように、入社直後から労務管理はできるだけ厳格に行うことが大切です。労務管理を緩めることは何時でもできることですから、今後は十分に注意してください」とアドバイスしました。

私も特定社会保険労務士であり、幾度か"労基調査""あっせん""調停"または"裁判"の経験がありますから、必要な場合には事実確認と法律論争をしますが、お互い人間ですから、最初から法律論争で決着をつけようとするのではなく、本心で語り合える関係を構築し「人としての道」の世界の話し合いで円満解決を図りたいものだと考えています。