労災事故の休業補償と賃金制度

業務上労災の休業に伴い会社が支払うべき3日間分の賃金補償は、その人が完全月給制か、それ以外の日給月給制・日給制・時給制かによって違いがでます。

昨年の12月29日に2つの会社で労災事故が発生したので、昨日と今日はその書類を作成していました。2社とも翌日の30日から年末休業でした。ただし、1社は完全月給制、残りの1社は日給月給制の賃金でした。

業務上の労災事故が発生した場合、その翌日から年末休業でも、労災事故が所定労働時間内の事故であれば会社は労災休業に対する賃金補償(平均賃金の60%以上)として事故当日からの3日間分を本人に支払わなければなりません。4日目以降は労災保険から休業補償が本人に支払われます。2社とも所定労働時間内に発生した労災事故だったので、29日30日31日が会社が賃金補償を支払うべき期間となります。ただし、両社とも事故が終業時刻間際に発生したので、29日は通常の賃金を支払うことで休業に対する補償は支払わなくても良い状態でした。しかし、30日と31日の休業に対する会社からの補償について、一方の会社は日給月給制、他方の会社は完全月給制のため、休業補償の支払に関して違いが出ました。

まず、日給月給制の会社は、30日と31日の休業に対する補償を平均賃金の60%の額で支払うことが必要です。そして29日までの勤務で12月の通常の所定賃金1カ月分が支払われます(30日31日は所定休日)から、30日と31日の休業に対する補償額分が通常の賃金よりも多くなります。

一方、完全月給制の会社は、普段から遅刻・早退・欠勤の場合でも賃金を減額することはなく、休日・休業も含めて1カ月分の賃金を決めています。そのため、29日30日31日は休業に対する補償を支払う義務が発生するのですが、通常の1カ月分の賃金を支払えば、その中にこの3日間分の賃金の全額分が含まれているので、平均賃金の60%以上の通常の賃金が支払われていることになり、別途追加で休業に対する補償を支払わなくても良いことになります。

時給制、日給制、日給月給制などのときは休業に対する補償を追加で支払わなければなりませんが、完全月給制の場合は1カ月分の賃金を支払えば休業日に対しても既に通常賃金が支払われているので、その通常賃金が平均賃金の60%を下回らない限り追加で休業に対する補償額を支払わなくても良いことになります。

この事実だけを考えると完全月給制の方が会社の負担は少ないように考えられますが、

①遅刻・早退しても賃金の減額をしなければ、会社規律の維持が難しくなること

②昔と違って残業代に対する意識が高まり、また安全衛生維持のため時間管理に対する必要性が高まっていること

③昔よりも労災や私傷病で欠勤した場合の公的休業補償制度が整備され、それらは賃金が支払われると利用できなくなる仕組みになっていること

などを考えると、私としては完全月給制は現代の労務管理に馴染まないものであり、顧問先にはノーワークノーペイを原則とした日給月給制をお勧めしています。

 

 

 

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コメント: 8
  • #1

    サンフレッチェサポ (土曜日, 03 11月 2012 23:08)

    村上先生、はじめまして。当社で、類似ケースをお盆期間に経験しましたので、大変勉強になります!
    この例の日給月給制というのは、1ヶ月22万円で、欠勤1日に対して所定労働日数分の1カットする・遅刻早退はさらに8分の1をカットする・・・というものですよね?
    労基法上の休業補償分だけ、支給額が増えるわけですね!(当社は「月給だし、公休だし」ということで払っていなかったので、滝汗です)
    でも、完全月給制ならば労災へ休業補償を請求する必要もなさそうなんですが・・・・・ 賃金規定に規定がなければ、何を根拠に日割減額が可能なのか、疑問です。
    とても勉強になりました。ありがとうございます。

  • #2

    村上社会保険労務士 (火曜日, 06 11月 2012 17:59)

    サンフレッチェサポさんへ、このホームページの取り扱い方法に不慣れなため返信するのが遅れましたことをお詫びいたします。
    「この例の日給月給制というのは・・・・滝汗です)。でも、完全月給制ならば・・・なさそうなんですが・・・」の部分のご理解は正しいと思います。
    それに続く「賃金規定に規定がなければ・・・」に部分に関して、賃金規程に完全月給制を意味する条文があれば申し分無いのですが、一般的にそのような条文を明記していない就業規則の方が多いようです。そこで、実務としては「労災の休業補償手続きをするときに労基署にその旨を申し立てる」ことで対処します。完全月給制のため欠勤・遅刻しても賃金を控除していない事例がその会社の賃金支払実績の中にあれば、それを資料で見せるとより一層説得力を増すと思います。
    世間一般論として、「うちの会社は月給制だ」という人の中には、完全月給制の場合もありますが、遅刻欠勤したら賃金を控除している場合もあり実質的には日給月給制の運用をしている場合が多いようです。その結果、月給制と言っても色々な運用がなされているのが実態です。
    また、もし完全月給制なのであれば、労災で休業しても賃金を支払うことが必要となりますから休業補償手続きをすることと矛盾します。そのため賃金規程には①完全月給制であること、②ただし欠勤が所定労働日数の半数を超えて継続する場合にはその月の賃金は日割計算で支払う、等という規定が必要となります。
    そして、最後に注意しなければならない点は、完全月給制で労災休業中も賃金が支払われる場合(休業補償が労基署からは貰えない場合)でも労災の私傷病報告書を提出しなければ労災隠しとなってしまう点はご注意ください。
    因みに、私がお手伝いしている会社は、完全月給制であり、しかも労災で休業しても最初の3カ月間は賃金が100%支払われ、4カ月目以降から賃金が不支給となる規則となっています。そのため、最初の3カ月間は休業補償の立替払制度を利用して会社負担を約20%に軽減できるようにしてあります。

  • #3

    磯村芳文(サンフレッチェサポ) (水曜日, 07 11月 2012 20:43)

    村上先生、勝手に書き込んだ無礼な私に対し、丁寧なご返事を賜り、本当にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。
    総務担当になり10年たちますが、知らないことばかりです。そんなときに村上先生のこちらのサイトにたどりつき、本当に勉強になりました。
    実は、お盆休みに入る直前の当社社員の労災の件。お盆含め公休が9日間あり、その間に治ったため、結果的に負傷当日以外欠勤は生じなかったのですが、自分としては気になったので、いろんな労務関連の雑誌を読みました。
    しかし「月給制の場合は公休も含めて賃金を払っているので、公休日には補償の余地はない」と書いてあるものばかりでした。
    でも、「もし実際に欠勤が出ればウチは21.3を分母にして欠勤カットするわけで、所定労働日数を分母にしている以上、公休日は賃金の支給対象では無いんだけどなあ」と内心疑問でモヤモヤしていました。
    上司に具申しても、「欠勤が無いのだから、いつもの賃金を満額支給したんだろう?なぜそれに加えて休業補償を出す必要があるんだ?負傷しただけトクになってしまうじゃないか?会社が休業補償を支払わねばならないという根拠を示せ」と反論されてしまい、無知な自分としてはギャフン状態でした。

    村上先生にもうひとつ関連する質問をさせていただいてもいいでしょうか。
    当社は8月11日(土)~19日(日)が公休でした。
    社員は8月10日(金)午後2時頃社内で負傷し、すぐ病院へ連れて行きました。
    8月10日は終業時刻までの分を賃金として全額支給。
    本来ならば、11・12の2日間を会社が平均賃金の6割以上補償(非課税扱い?)。
    8月20日に本人が痛々しい姿で職場復帰。
    この場合、8月13日~19日の7日分をもし監督署に8号で請求したら休業補償がもらえたのでしょうか?
    1日も欠勤カットがなかったので、本人も要求しませんでしたし、私を含め誰も想像しませんでしたが、、、お盆休みや年末年始の直前に被災し、休みの間に治り、休み明けに出勤することはありそうなケースです。
    私は請求してももらえないと思います。
    それでは、8月20日まで労務不能で欠勤し、8月21日に職場復帰した場合ならどうか。これはもらえたと思います。
    そう思う理由は、1日でも欠勤カットされているから。(自信がありません)

    ところで、系列の親会社の総務に聞いたところ、親会社はふだんは完全月給制で、「健保・労災から補償が出る場合は所定労働日数を分母として欠勤カットする」という賃金規定になっているそうです(^^)
    そんな都合のいい就業規則でいいのでしょうか!? う~ん、きっと、それもアリなんでしょうね。。

    先生が最後に書いてらっしゃるのは労災の受任者払いのことでしょうか??
    (いっぱい質問して申し訳ありません。回答はお気が向いたらで結構です)

  • #4

    村上社会保険労務士 (木曜日, 08 11月 2012 14:16)

    磯村芳文さまへ
    お問い合わせに関して返信させて頂きます。
    ①完全月給制及び日給月給制と労災の休業補償との関係を考える前に、労働諸法では会社の人が月給制と呼んでいても「完全月給制の場合はその月の暦日数(31日、30日等)で賃金を除して日額計算をする」、それに対して「日給月給制の場合は暦日数から所定休日を除いた所定労働日数で賃金を除して日額計算をする」という点をご理解ください。完全月給制の場合の分母には日祝日ほかの所定休日日数を含みます。そして完全月給制の場合には所定休日にも賃金は支払われていると考えます。一方、日給月給制の場合は所定労働日数で賃金を除しますので分母に日祝日ほかの所定休日日数を含みません。その為、所定休日に賃金は支払われていないと考えます。因みにハローワークに提出する離職票も完全月給制か日給月給制かで「⑪⑩の基礎日数」の欄に記入する日数が違い、完全月給制の場合は8月なら31日、9月なら30日と暦日数を記入すれば良いので記入が楽です。しかし、日給月給制の会社の場合には⑪の欄にそれぞれの月の所定労働日数を記入することが必要であり煩雑な事務となります。
    ②労災休業開始後の最初の3日間分を会社が支払う場合は非課税扱いです。但し、基本給他の諸手当とは別項目にして(例えば「労災休業補償手当」)おく方が後々のためになります。

    以上の特に①の点を考えると、お問い合わせの件に対する答えが自ずからでるのではないでしょうか?
    大切なことは、「その会社が法律でいう処の完全月給制なのか、或いは日給月給制なのか(=所定休日にも賃金が支払われていると考えている会社なのか否か)」という点です。従って、8/21から出社したか、8/20から出社したかによって差が出ることはありません。
    また、完全月給制であれば以前の貴殿のメールにあったように労災休業しても減額されることは無い筈ですから、労災休業補償請求を労基署にしても労災休業した所定休日に賃金が100%支給されているから不支給決定(本来は休業補償が支給されるのだが賃金が100%支給されているから支給停止されると考えると良いと思います)となってしまいます。
    一番厄介なのは貴社本社のような規定がある会社です。この場合には完全月給制と言っても、労災休業した所定休日3日分の賃金を一端100%不支給にして減額し、それらの日に対する休業補償として60%以上の額を支払う(これがある為に給与明細書の諸手当項目では「労災休業補償と別項目て支払う方が良い」と前記しました)ことになります。ただし、貴殿からのメールで本社規定に「所定労働日数を分母として欠勤カット」とあるのは少し間違えた処理です。完全月給制なのであれば「所定労働日数で除す」のではなく「暦日数で除す」のが正しい方法です。

    ご参考までに追記させて頂くと、
    労災からの休業補償は「直近の賃金締日から前3カ月間の平均賃金(日額)」を「暦日数に従って」支払います。ですからお正月休み中の日数も休業補償が支払われます。このせいもあって、労災発生前3カ月間で残業等が多かった場合は平均賃金が高くなり、しかも暦日日数分だけ支払われますから、毎月の給与(賃金)よりも休業補償給付が多くなることがあります。実際に今年の9月にこの手の従業員さんが復職すのを拒否(復職すると給与となり休業補償給付が貰えなくなり、可処分所得が減ってしまう)した事件があり私は解決するのに往生しました。

    また更に、午後2時に被災されたそうですが、必ずしもその日の賃金を全額支払う必要は無いことにもご留意ください。始業時刻から労災発生までの労働に対する賃金は支払わなければなりませんが、その額がその人の平均賃金の60%以上であれば、被災時刻までの既往労働分の賃金を支払えば足り、被災後の所定労働時間に対する賃金を支払う義務は会社にはありません。ただし、被災時刻までの既往労働分に対する賃金が平均賃金の60%を下回る場合には不足分を支払うことが必要となります。
    そして、被災時刻が所定労働時間内であれば、被災した日が労災休業開始の1日目となります(ただし、当日中に通院すること)。



  • #5

    磯村 (土曜日, 10 11月 2012 09:51)

    村上先生
    ありがとうございます。
    一度目・拝読して理解がまだ、ぼんやり。二度目・読んで、「あ!」とわかってきました。
    上司には、「うちは完全月給制ではないから、公休日の休業補償はしなければならない」と月曜日に言うことにします。
    今後は負傷欠勤日が公休だろうと所定労働日だろうと、『払う』!そう決めてしまえば、悩まなくてすみます。
    もうあと3~4回村上先生のご指導を読み込んで、上司に堂々と根拠を主張できるようにしたいと思います。(カンニングペーパーを持ち込まずにすむように)

    ①を読んでいて、思い出したことがあります。当社の過去の休業補償請求書のコピーが保存されており、25年くらい前の担当者が書いた書類を見たことがあります。(用紙が今より小型?)
    平均賃金算定内訳の余白の部分に、労働保険料の概算保険料の額と各期納付日、基本給・各種手当の欠勤カットの方法などが手書きでビッシリ書いてあったのです。
    「なぜこういうことを書いていたのかなあ?そういう規則だったのかなあ?」と不思議でした。
    村上先生の#4を読んで、意味がやっとわかりました。
    「完全月給ではない」「各種手当を日割控除せずまるまる支給しても平賃の59%以下である」というようなことを説明していたのかな!?と。
    それって、皆さん書いてらっしゃるのでしょうか?(書かないで出しているのは私だけ!?)
    本社の人間にも、欠勤カットするなら分母は暦日数のほうがよいことを教えてあげようと思います。きっと、びっくりしてあわてると思います。

    負傷当日の支払い方も、私は間違って覚えていたことがわかりました。
    例えば平均賃金10,000円、当日の実労働賃金が5,000円の場合、会社が支払う休業補償は (10,000-5,000)×0.6=3,000円 だと理解していました。
    賃金5,000円+休業補償3,000円=8,000円 まとめて課税給与かな、と。
    でも、10,000円×0.6=6,000円と実労働の5,000円との差額1,000円を払えばそれでよかったのですね! ・・・多く払ってきたのだから、払い足りないよりはマシかな・・・(負け惜しみ)

    間違いだらけの理解だったことがわかり、冷汗がでますが、おかげで今後は自信をもって事務処理ができると思います。
    丁寧な指導を賜り、本当に感謝申し上げます。

  • #6

    村上社労士 (土曜日, 10 11月 2012 12:53)

    サンフレッチェサポへ
    お役に立つことができれば幸いです。
    ところで、分からないことや不安に思うことがあれば「上司や先輩から訊(キ)い」たり、自分の経験知にたよって「・・・だろう」と判断して、実行するのではなく、具体例として労働基準監督署に直接電話ででも問い合わせされる方が良いと思います。労基署の職員で丁寧に教えてくれます。
    そして、そのような異例事務(滅多に発生しないような事務)こそ自分流のメモにしていき、自己流異例事務マニュアルを作成されると良いでしょう。私は社労士として開業して10年強になりますが、滅多に発生しない事務処理は私流のマニュアルにしています。知り合いの社労士がそれを欲しがっていることは言うまでもないことです。
    人間の記憶はあてにならないものですから、その都度自分流にメモ書きされていくのがベストだと私は考えます。そうすると、自分のスキルがどんどんとブラッシュアップ(磨き上げ)されていきます。
    特に最近は法改正が頻繁に行われますから、自分の知識を常にブラッシュアップし更新していくことが必要です。このようなときに記憶や経験知に頼っていると間違えの元となります。ですから「自分流のメモ」を活用する方が良いと思います。

  • #7

    村上社労士 (土曜日, 10 11月 2012 13:12)

    サンフレッチェサポさんへ
    多少の誤解が生じているようなので追伸させて頂きます。
    労基則(労働基準法施行規則)第38条では次のように定められています。

    第三十八条  労働者が業務上負傷し又は疾病にかかつたため、所定労働時間の一部分のみ労働した場合においては、使用者は、平均賃金と当該労働に対して支払われる賃金との差額の百分の六十の額を休業補償として支払わなければならない。

  • #8

    磯村 (月曜日, 12 11月 2012 13:04)

    村上先生。
    間違った解釈をしていたようで恥ずかしいです。最後の部分はこれからよく読んで勉強します。「自分はよくわかっていないんだ」ということだけはハッキリとわかりました。
    労基署に質問するのは「社名を聞かれるからやめておけ」と以前に上司に注意されたことがあったので、聞きたくても聞きにくい面がありました。
    実際に電話で聞いたこともありましたが、なにぶんこちらの基礎知識が不十分ゆえ、相手の言うことが理解できずに終わってしまいました。
    でも、やはり恥ずかしくても叱られても、正しい知識を得ることが大事だと痛感しました。
    今回教えていただいたことをさっそくノートにしました。結論とその理由もきちんと書いておきます。
    本当にこれまでいかに適当にやっていたか、思い知らされました。
    今回は何度も見当ハズレな質問をしたのに対し丁寧な説明を返していただき、本当にありがとうございました。今後も勉強のため、こちらとブログのほうも引き続き読ませていただきたく思います。(たぶん、「ええっ!知らなかった」ということばかりかと思います・・・・ちょっと恐ろしい)

    ありがとうございました。